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JeffBeckが好き・・・ブログ!

アコギとエレキのギターが大好きで正体バレバレの怪しい初老おやじのブログです。
ワシは頚椎ヘルニアに悩み、半ば家族にも見捨てられながらも必死に己の趣味の世界に没頭するのです。
さぁあなたも一緒に填まりましょう。
奇行
最後の職場の一週間に突入しています。
日曜日はフラのイベントに朝から午後3:00までプリンスホテルの
パミール館6Fで行われ、改めてフラのPowerを見せ付けられました。
演奏は3曲だったので楽ですが、リハもセッティングの時間も無くて
ほとんど、ぶっつけ本番でした。まぁあんなものでしょう・・・。

さて昨夜はワシの送別会。これが実に苦手です。
1次会からたった1名の転出するワシのために
沢山の人たちが祝ってくれました。
もう顔も体も真っ赤っかです。

二次会からカラオケスナックに突入。
ここでワシは最後の奇妙な行動をとりました。
恐らく多くの人は驚いたでしょう。

Fenderのアンプとエレキを持ち込んだのです。
で、フリーにリクエストされるカラオケに演奏を楽しむのでした。
ひとつは照れくさいので思い出話をされたくない・・・。
それからワシのメッセージはギターの音で・・・。
ちゅ〜甘い考えでしたが、まずまず逃げ込むことが出来ました。

3次会もカラオケに重いアンプを社員に持たせて移動し
そこでも2時間程度、楽しみました。
いやはや、これは楽しいなぁ。
結局19:30〜23:50の間、殆どギターを手放すことは
ありませんでした。

でもすみませんでした。
ちゃんとお礼を言わないで・・・。
失格ですなぁ。

さて、今日はMGだけの送別会。
明日は札幌からのお客様でキャラバン2回目の飲み会・・・。
と、毎日続くのです。

引越しの荷造りも未着手。
この先、どうなることやら。
| 義理人情 | 08:04 | comments(6) | - | pookmark |
下を向けない。
JUGEMテーマ:日記・一般
今日はあまり明るい話ではないので気が乗らない方はスルー
してくださいね。



昨日の朝、職場のIさんから携帯電話に電話があった。
「昨夜、23:20に妻がいきました・・・。」
予想していたとは言え、
「そうですか。わかりました。気を落とさないで・・・。また後で連絡を下さい。」

自分で使った言葉は、このような状況で良く使われるのだが
気を落としているひとに、気を落とさないで・・。
と、言うのも、気持ちを汲んでいないような変な日本語だと思う。

こんな時、言葉をかけてあげようがない。
この職場に来て、葬儀に出たのは何度あるだろう。
3年間で室蘭で8回程度かもっとあったか・・・。
親、生まれたばかりの赤ちゃん、他部門の本人など。
遠いところは仙台、江差、札幌、室蘭、登別、伊達・・・。
組織としては90名弱ですが、色々と3年1ヶ月の間にあるものです。

大往生されてなくなった方は何名かいましたが、赤ちゃんの時は
辛かった。
しかし、今回のIさんの奥様というのも堪える。
年齢がまだ53歳になられたばかりだった。

Iさんの奥様は地方紙のコミニュティ新聞を製作する仕事をされていた
ので、昨年の7/27に私と部下と3人で洞爺町の農家まで車を走らせ
色々話をしていたのでした。

とても笑顔が素敵な方で繊細な気配りをされ、もちろん記事の編集も
プロフェッショナルな方でした。

ですが、このときもう既に毛髪がかなり抜け、かつらを付けて仕事を
されていたのです。

H20年の8月に発見されてから1年と8ヶ月で天国を召されてしまい
あまりに早い病状の進行に、Iさんから面接をするたびに段々
まずいなぁ〜と思っていたのですが、まさかこんなに早く旅立たれると
思いませんでした。

昨日、上司と一緒に弔問し、その変わり果てた奥様をみて
本当に痩せておりましたが、頑張られたのだな・・・と思いました。

今日は夕方、通夜があり、多くの同僚や関係社員が参列されました。
御住職さんの話や町内会長さんの話にも泣けそうな気持ちでしたが

最後の挨拶が終わった後で、奥様の赤ちゃん、幼児、小・中・高校の
時代、そしてはじける20代の若き頃、Iさんとの御結婚、2人の幼児を
抱える母の姿、動物園、様々なサークルで活躍するお姿、最後の
編集者の仕事の写真など、多くの写真が会場のスクリーンで映し
出されました。

これにはまいりました。Iさんの20歳の娘さんは涙を拭いても拭いても
溢れ出てきますし、会場ですすり泣く声が聞こえてきます。
ワシも目にたまったものを、上を向いて少し乾くまで、下を向けません
でした。

明日も告別式に参列します。ゆっくりIさんと将来の話もしたいのです
が、そう願っても時間は待ってくれませんし、今日や明日はそれを
話せるタイミングではありません。

ただただ時が流れ、Iさんの御家族が前を向いて、しっかり歩いてくれる
ことを願うばかりです。
| 義理人情 | 21:08 | comments(5) | - | pookmark |
2010年明けました。
JUGEMテーマ:日記・一般
皆様、新年明けましておめでとうございます。
今年も音楽、ギター、PC、インターネット環境、もちろんネットワークも含め
色々な出会い・再会が出来ればいいなと思っております。
アーティストならば一度はGIGして遊んでください〜。

そんなことで本年も宜しくお願い申し上げます。

 2010年賀状
| 義理人情 | 01:11 | comments(46) | - | pookmark |
その後
ABさんの悲報から何とか先週の仕事を追えて週末には
観楓会も登別のGホテルで行われ止せばいいのに、また
例年通りギターを持ちこんで遊んだ。

今年はエレキも持って行ったのだがそんな曲はほとんど
無くてただアンプを運んで苦労しただけかもしれない。
そうは言っても今年は幹事がわざわざカラオケルームを
借り切ってくれたのでアンプは活用出来たのであります。

いまいちだった今年の出来栄えであったが部屋ではまた
拓郎などのフォークを一部の人たちで盛り上がり深夜の
1:40くらいにお開きとなった。

翌日、土曜日はABさんの家に向かった。オハギで有名な
元○ザエ食品の社長と夢創館の喫茶(現在:休業中)の
I幡さんと一緒に伺った。
この人たちと一緒に室蘭の大黒糖を食べたかったが
それは仏壇に飾った。

白い花を束にして奥さんに渡したのだが、中々こちらへ
来ない。
蝋燭を灯してお線香を上げてお参りする。
直ぐそばに自分が選んだという写真がある。
どんな思いで、選んだのだろうか・・・。

そう思うともう駄目だった。ボロボロに溢れた。
ハンカチは持っていた。が、鼻がドバドバだった。
ティッシュをバックから取り出しハンカチをしまうころ
奥さんも玄関から花を抱えてやってきた。

白い花をみたらもう駄目だったと奥さんも言っていた。
ワシが落ち着くのを見計らって自分も遅れて現れたのだ。
ワシの悲しむのを見るのが辛かったのだろう。

そうして元社長とI幡さんもやってきて皆で大黒糖を食べた。
これまた相当な食通である元社長が感動してくれた。
皆で思い出話をしてあっという間に4時間が過ぎた。

翌日、喪中のはがきを作りたいということでまた伺った。
ほぼはがきは完成しあとはABさんが毎年メンテしていた
住所録の編集を奥さんに教えてから帰宅することにした。

ABさんの靴がかなりあり、奥さんは足が合えば持って行って
ほしいと依頼された。で、沢山の靴を頂いた。
高級な靴もありちょっと窮屈だが、ABさんともう暫く
歩いていけるのは素直に嬉しかった。

もう大丈夫です。ABさん、ありがとう。
一緒に歩いていけるよ。
| 義理人情 | 22:31 | comments(0) | - | pookmark |
前が見えない・・・。
何から書けばいいのかわからないが・・・。
何処まで何を書けばいいのか・・・・。
書いて一体どうなるのか・・・・とも、思うし。

私の近所にいるABさんとはもう10年前くらいからお付き合い
していると思う。
私が営業を始めて1年くらい経った後でいつもの夢創館の
喫茶が私の営業を宣伝していたらしいのだが・・・。
それを聞いたABさんは、未だ見ぬ私を3・4人に宣伝して
くれていた。

誰からか判らない携帯電話に驚いてその紹介主こそがABさん
だったのだ。何故?話したこともない私を色々な人に紹介して
いただけるのか不思議でたまらなかった。

初めてお逢いしたのはそれから数ヵ月後、何と近所の姉が
住んでいるMSにお住まいだった。少しお若い奥様がいらして
お子様はいらっしゃらないようでした。

某北海道の有名新聞社のB化事業部長や民放の○vhを立ち上げた
切れ者だったらしいが丁度、現役を引退して2・3年経過した頃
だったのだと思う。

やり手で企画には手腕を発揮し関係者には恐れられたらしいが
私には優しかった。何よりPCやITの情報を知りたがり、いつも
嬉しそうに話を聞いていた。

株や証券にも詳しくていつもPCやBSのTVを観て勉強していたし
良く海外へ旅行にいきお土産は何処かのアジアの偽物の靴とか
時計とかを買ってきて「値段を当てて見てごらん」と得意そうに
話していた。

体も普通に血圧か糖尿の薬を飲んでいたくらいで健康そうに
みえていた。
ABさんの親友で某おはぎの社長との付き合いも直ぐに始まった。
旅行も良く二人で行っていた。

社長が北海道競馬の関係者と親しかったことや某Bハム会社の
副社長に就任したことから、Bハム社のテーマソングを作り
その後、CMソングを作ることになったりもした。
それは皆、このABさんから始まったことだった。

ABさんは親父のようだった。私とは20歳離れているのだが考えが
若いところもありそんなときは兄貴のように思い、頑固な面を
みると、親父のようであった。

ABさんはいつも私に新しいパソコンを買うときは相談に乗って
くれと頼んできた。2回ほど車で買出しに付き合ったりもした。
1回目のPCを購入するとき、デジカメコーナーでSONYのカメラを
手に取り「これ小さくて良いんですよね。」と呟いた言葉を
ABさんは覚えていてくれた。

それから2週間して遊びに来いと言われ、伺うとそのカメラが
目の前にあった。「???」と思いABさんの顔を見ると
「それ、あんたにあげるよ。いろいろ面倒かけているから・・・」

SONYサイバーショットU-10
それがこのカメラだった。今では携帯でもこの画素数では使い物に
ならなくなってしまったが、飛び跳ねるほど嬉しかった。

SONYサイバーショットU-10 2
そんな粋な計らいをさりげなく私にしてくれたりもしたので益々
交友は深まった。

私が単身赴任してからも3ヶ月に1度はメールで連絡をくれていた。
が、今年は春を過ぎて、夏になっても来ない。
昨年一度、入院したこともあったが、それからは回復したようだった
が、不安はあった。

9月のライブが終わった後で、奥様から手紙が来た。
どうやら市内の病院に入院していたらしい。
しかも末期の癌で年内持つかどうか・・・。とのこと。

信じられなかった。週末に直ぐに某元オハギの社長と連絡を取ったが
二人一緒に行くのは、ABさんに「内緒にしろよ!」と言われた奥様が
叱られるので、私は一週ほどずらしてお見舞いに行った。

話には聞いていたがすっかり別人のように痩せてしまった。
目は大きくぎょろぎょろしていたし、手や足は肉がかなり落ちた。
嬉しそうに私の近況を聞いてくれたが、話題は自分の今後の良くない
話ばかりとなった。

「点滴だけでは太れないからと食べれるようになって帰っておいでよ。」
「待っているよ!」と、話をして病室を後にした。

あれから2週間。今日、奥様からメールが来た。

なんと先週の水曜日に亡くなっていたというものだった。
絶句した。信じられない。見舞ってから11日で・・・。早すぎる。

勤務中ということもありなるべく素振りを悟られないように
仕事をして最後に一人ぽっちになって会社を後にした。

自分の車にとぼとぼ歩くが雨が降っている。
頭の中はABさんのことばかり考えている。
車に乗りJeffbeckGroup時代の悲しげなバラードが2曲流れた。

雨で視界の悪い道路を涙を堪えて運転していたがどんどん
それは溢れていった。堪えても堪えても堪えきれない感情が
そこにあった。いつの間にか鼻水と涙で顔は濡れていた。
嗚咽も出てしまった。こんなに悲しいことはここ数年は
無かった。

単身赴任が終わったらまたMSの部屋に行くからね。
と話していたのだが・・・。71歳。自分でもあと10年は生きて
私と話をするつもりだったと思う。

奥様から今日、手紙が届けられ、先日見舞った際のお返しに
商品券が入っていたそうだ。最後まで私に借りを作らないで
奥様に全てがすむまで連絡をさせなかった徹底ぶりは
やはり頑固で律儀な男を貫いたABさんの想いなのだろう。

ABさん。本当に有り難う。
私も人の為に自分の為に頑張ります。
| 義理人情 | 23:23 | comments(25) | - | pookmark |
小さな命
何と言って良いのか・・・。
私は自分の職場の仲間は皆、家族という信念で接している。
綺麗ごとではなくそう心から思うようにしている。

だからその社員のご両親など親族に何かあったときは
自分の事のように悲しいし、そう思うことは自然であり
あたりまえと思っている。

この職場に来て3年目、遠くは宮城県、道南江差町の遠くや
市内や隣市などへ何度か出向いてきた。

人の命が無くなることは子供の頃からとても嫌なことであり
それがとても恐かった。母から近所の人の不幸を聞いて小学生
の頃は、恐くてしょうがなかった。

やがて親戚の叔父や叔母のまだ40代の急死、そしてたった
一人の祖母、職場の上司、先輩など、色々あった。
そして32歳のときに父を亡くし・・・。

命というものは事故などを除いては、何か運命というか
話を聞くと兆候があり、ご本人も自覚されている場合や
ふとした行動が、何か予期したものであったのでは?と
憶測ですが、そんな話をよくきいていたりしました。

その度に、命は天命であり、運命であり、逆らえない
自然なものであると思うようになり、悲しむ気持ちと
どこかで、これは仕方の無いことと、思ってきた。

今日は部下から明るい電話の朝を迎えていた。
「今朝、破水があり妻が入院するので休みを取りたい」

というものでありました。昨年から待ちに待ったこの日。
いよいよだな・・・と。

「そうか、頑張れよ!仕事はいいからな!!」
「はい、また連絡します」

そうして昼前に
「まだみたいなので家にいったり来たりしてます。
 昼からも休みを貰います」

と、連絡があり
(うん。初産だから、長引くかもなぁ)
と、思ってました。

そして午後3時頃、彼から連絡があり
「あの・・・すみません。駄目でした。
 手と足は大丈夫・・・、でも駄目でした」

・・・・・・・

言葉にならない。恐らく泣いているのだろう。
「そうか。うん。うん。」

私も泣けてしまいそうでした。
が、気を取り直し
「奥さん、辛いな。なるべくそばにいてやってくれ」
「はい。ありがとうございます。仕事今週駄目かもしれません」

「うん、わかった。仕事は気にするな」
「はい・・・・」

それから現場のトラブル対応で外に出た帰り、Yさんと一緒に
その産婦人科院へ行きました。

彼が2階から降りてきて、顔もまだ赤く、目も腫れていました。
奥さんはまだ泣いてばかりいるそうです。
彼は再婚で小学生の男の子がおりますが、その子も一緒に
ベッドのそばで泣いているそうです。

話によりますと、へその緒が降りてきて挟まり
胎児の脳へ酸素や血液が止まった時間があり
逆子では無かったのですが危険な状態になり
急遽、開腹手術となり、治療をしましたが
40分後に息が絶えたということです。

そんなことって、現代の医学であるのでしょうか。
私の周りではあまり居なかったのですが、職場の部下
で死産や同様の経験をした人もいました。

昨夜までお母さんのお腹の中で育ってきた小さな命。
なのに、たった1日で、その命が未だ見ぬ両親、弟の
顔も見れずになくなるとは・・・。
これも天命なのですか?これも運命ですか?

私は神様、仏様に、普段お祈りをしませんが
今日ばかりは、どうして助けてくれなかったのか・・・。
などと、思い。悲しくてしょうがありません。

明日、辛いですが、自分の職場にだけは、この事実を
報告し、復帰した時は、普通に接し、変な気遣いや
自分から言うまでは、この話を持ち出さないように
してあげようと、話すつもりです。
| 義理人情 | 22:00 | comments(30) | - | pookmark |
10万円が目の前にあったらあなたは?
久々の更新です。色々なことが半月の間にありました。【長文です】
転勤シーズンで色々な行事もありました。
まぁ・・・飲み会なんですけどね。

それから3/31に私も退職し、子会社に4/1再就職となり辞令を
貰ったりしました。それを拒みたいのですが、そうなると首都圏
へ行くことになり、また海を渡らないならないですしマネージャー
になってまで、満額の給料に固執してるのも、みっともないか?
とも、思ったりして・・・。

再雇用後は3割カットとなり実質は4割以上カットされます。
その分、退職金を30年分貰ってしまうのです。

その代わり64歳までの雇用が約束されますし、勤務地もこの北海道
内の異動ですみます。

が、家のローンは完済できないですし、子供の学費も
まだ3年は掛かるので、まだまだ働かないとね。

回りでは64歳までしっかり働く人もいれば、それなりの人
も居るわけで、自分は、早く辞めて、毎日ギターを触って
暮らしたい・・・。ってな事は、永遠に無理なのでしょうか・・・。

で、新年度になり、幹部も2名入れ替え。まだ解らないですが
これから、色々とお付き合いも深くなるのでしょう。

先週末に突然に訃報が入った。なんと、3日前まで私の直属の
上司のI部長の実母が亡くなったという。

I部長は自宅がN別市にあるのですが、単身赴任でS幌へ異動と
なり、3男ではありましたが、S幌にいらっしゃるお母様と
一緒に暮らすことになったばかりなのでした。

たった3日、寝泊りし、少しの会話でしたが、一緒に居れたことは
良かったのですが・・・。
お母様は朝ゴミを出し、外の物置を掃除している時に急性大動脈
剥離で倒れ、その日の晩に帰らぬ人となったそうです。

土曜日にこの情報を聞き、自分の部下、部門内の社員へ電話を
かけまくり、訃報を伝えると、ほぼ全社員やOBの社員が香典の
立替を私に依頼してきました。

そうなると10万円以上の現金が必要でしたが、貧乏な我が家に
偶然、お金がありました。(笑)
で、快く立替を了解し、氏名のリストを作成して準備をしたのでした。

日曜日のお通夜は早めに会場に向かい、領収書など混乱しないように
しました。
月曜日も土日に連絡が行き届かなかった社員も居るだろうと
告別式にも参列しました。やはり6名の社員が依頼してきました。

月曜日の夕方会社に戻り、早速香典返しと領収書を渡したりして
いると、律儀な人ばかりで、どんどん立て替えたお金が戻って
くるのでした。

H洋銀行の紙袋にどんどんお金を入れていきました。
とりあえず、背広の内ポケットに入れて保管しました。
でも、夕方2年前にハードクレームとなったお客様から久々に
電話が入り、現場へ出向くことになったのです。

とりあえず、今日はお客様の話をきいて、お客様も納得したうえで
明後日以降、また、連絡を頂くことになりました。

で、それからまた少し仕事をして、夜9時くらいに帰路に着きました。
自宅から持ち込んだ赤飯と少しのおかずを食べて、疲れたので
23:30くらいに寝たのです。

そして、今朝、ふと、お金を探したのです。
背広にも、鞄にも、部屋中、探しましたが無いのです。
H洋銀行の袋には10万円くらいは入っていたような気がします。

会社へ向かうとき車の中も調べました。でも出てきませんでした。
会社の机の中もみましたし、書類の間もみたりしました。
出てきません。とほほほ。

途方に暮れて、片腕のY田さんに相談しました。
「直ぐに帰宅して、調べたほうが良いのでは?」と、言われました。
ワシもそう思います。でも、仕事があって無理でした。

色々なことが頭をよぎります。
10万円

・クレームで出向いた現場に落としたか?
・会社の車の中なら出てくるはず。
・会社の構内ならば、第3者に拾われたか?
・帰宅する際、契約している駐車場に落としたか?それは出てこない。
・会社の中なら?拾った人によるか?
・M蘭のB恋の家の駐車場の周りなら、確実に出てこないだろう。
自分なら、拾った場所によるが・・・・。会社の外ならどうするだろう?
10万円を拾ったことが無いので、想像がつかない・・・・。

妻に何と説明しよう?
「どうせ、10万円でギターでも買ってしまったんでしょ?」
とか、言われるか?いかにワシでもそんな罰当たりなことはしない。
とほほほ。この重苦しさはなんなんだろう?

で、今日も9時過ぎに帰宅。
部屋に入り、食卓用の小さなテーブルにふと目をやる。
やっぱりない。







でも、よく見ると、ファイルの下に・・・・。
「あったぁ〜〜〜〜!!」
歳を取ると、今、手に持っていたものを何処に保管したかわからん
状況になるのです。これをボケとるというのですなぁ。

たかが10万。されど10万!!
3割以上カットとなる今月からこの金額は大きいのであります。
10万円あれば、中古でjeffbeckモデルにあと数万円足せば手が届く。

よかった、よかった。わしは・・・。もうアカンかとおもうたわ。
| 義理人情 | 22:07 | comments(18) | - | pookmark |
そんな・・・。涙
3月に入った。風邪も良くなり体調もまずまずである。
だが仕事が結構パンパンで、毎日帰りが遅くなるのですなぁ。
先週は毎日朝も昼もパンばかり食べていて少し痩せたのかな。

今日は雛祭りだ。単身で会社に居ては、お雛様も見ることも
ないのですが、実はちらりと先週末に自宅では見ていたのです。

しかし昨日、変なメールが・・・。
女性社員の大御所が

明日、雛パーティをやります。
ケーキ・お酒・おつまみ・食べ物・ジュース・お茶・寄付など
幹部の皆様、宜しくお願いします・・・。
当然、パーティに参加してくださいね。

なんてメールだった。



なんだ?このメール。
お金を出せということか?


それに、そんなパーティに出る暇はないっちゅ〜の。
まぁお金だけ、出せば済むのだろう。
では、美味しい和菓子でも買い出すかなぁ。

って、思っていたが、買いだす暇もない。
部下に、頼もうと思ったら、幹部代表が・・・。

「幹部一人3000円集めます」

と、言ってます。
はぁ〜。まぁ和菓子でそのくらい買おうと予算は立てていました。

そして、夕方仕事中に、顔を出せ!
と、呼ばれました。何だか怖いっす。(笑)

女性は全部で13人。そこに食堂と売店の女性が加わりました。
平均年齢は48歳くらいで、その中におじさん5人が入り、お茶で乾杯。
その後、お茶をやっている女性社員が、緑茶を立ててくれました。

結構なお手前・・・なのですが、その泡を飲み干し、職場に戻り直ぐに
仕事を再開しました。

お茶1杯は、3000円のお茶になってしまいました。
とほほほ。ケンタッキーも、寿司も、沢山箱に入ったケーキも
一体何処に消えていったんだろう〜。

まぁいい。明日は早く帰れそうなので、またモンパリで
新種のケーキを、喰ってやるんだ。(決意!!)
| 義理人情 | 23:05 | comments(6) | - | pookmark |
小春おばさん。
ワシの幼年期は家業が農業を営んでいたため、回りは田んぼだらけ。
見渡す限り、田園風景の中で育った。
近所の家とは、親戚より仲良く付き合いしていたようで、何処の家に遊びに行っても嫌な顔をされなかった。

道路向かいには、秋田弁の若奥さんがおり、いつも子供の名前を叫んで呼んでいた。優しい爺ちゃんとばあちゃんがいた。

そしてそこから上に200m歩くとスモモの大木が沢山ある家があった。
今日の話、小春おばさんのようなおばさんの家である。
小春おばさんは、井上陽水の氷の世界に出てくる名曲である。
田舎の懐かしさと優しさを感じさせる陽水のバラードである。

ワシの中のそのN野さんというおばさんと何か歌のイメージがダブる。
とても優しくて大好きなおばさんだった。

自分の子供をとても可愛がり、愛情たっぷりと3人の娘さんと
末っ子の長男を育て上げた。

料理もとても美味しくて、餡を使ったお餅やおはぎ等は絶品であった。
漬物の味はカブ・大根・白菜・キュウリなど、とても味付けが絶妙で
あったので、自家製と食べ比べして楽しんだものだった。

ある夏の日、その日は夏休みでキャンプの日だった。
と、言っても家業が農業では海にキャンプに行けるはずも無く
隣近所4軒が合同でテントを張り、夏休みの後半を楽しむものだった。
夜になると打ち上げ花火をあげ、子供たちは毎年喜んでいたのだと
思う。また、農業ならではの、藁を積み上げて、かくれんぼをしたり
特有の遊びで、お金も道具もあえて使わない自然な遊びであったが
それでも、皆、満足できていたのだと思う。

偶々、そのキャンプの当日、N野さんの長男(ワシより6つ年上)が
ワシをいじめたのだ。5つ年上のワシの兄が、それを見ていてかばい
N野さんの長男に果敢に挑戦状を叩きつけ、N野さんの長男も応戦した。
が、1つ歳上のN野長男にやられて、流石の兄も泣いていた。

それを見ていた仏のように笑うN野さんのお父さんが、突然怒った。
N野さんの長男を追いかけ、やがて腕に抱え上げ、お尻をパンパンと
大きな音で叩いていた。初めて見る恐ろしい顔をしたN野さんの父親だった。

そうして、それを遠くで見ていたN野さんのおばさんは、ワシと兄に
優しく近寄ってきて「ごめんね、ごめんね」とひたすら謝ってくれた。

普段、あれだけ可愛がっていても、悪いものは悪いと、凛とした態度で
可愛い息子を叱る。当たり前のことだが、中々出来るものではない。
現代の家庭でここまで出来る親はそうはいないだろう。
でも、昔はこういった親が結構、いたものだ。

またワシが保育園時代だと思うのだが、N野さんの家の前に纏わりつき
N野さんのおばさんの働いている傍で、ウラウラ遊んでいた。
が、不意に、催した。大ではなく、小の方である。
とにかく焦っていた。そしてソワソワ・モジモジしているうちにそれは
ピークに達した。「おばさん、お○っこ、お○っこ」
そう、叫ぶワシのズボンに手を入れて、何とか間一髪で、救ってくれた
おばさん。ありがとう〜。一生、恩は忘れないよ。

月日は流れ、小学校2年か3年頃の話である。
学校が終わり、ワシはいつものようにN野さんの家の前を通りかかる。
N野さんの家には「ジロ」という犬がいた。
大人には中くらいの大きさだが、子供には十分、威圧感のある大きさ
だった。

で、N野さんの家の前を半分過ぎると「グワウ!」という声と共に
ジロがワシを追いかけてきた。ワシは逃げた。必死に走った。
が、ジロはワシと平行に走り、やがて股のあたりに歯を剥き出しにして
「ぱくっ!」と齧り付いた。ワシは泣きながら逃げた。

そして、またもや現れたN野さんのお父さん。「こら!!ジロ!!」
と怒鳴ると、犬はワシを追うのを止めた。
そしてN野さんのおばさんは「ごめんね。いたかったでしょう?」
と、優しくワシを宥めてくれるのだった。

それから、何年もたち、ワシが高校を出たあたりかで、N野さんの
お父さんは片方の足が不自由になり、やがて60才半ばで亡くなった。
N野さんのおばさんは元気に野菜作りをしていて、離農したワシの
母らに逢うたびに、いつも懐かしく、嬉しそうな顔をしていた。

ここ10数年前から段々体が弱り、入退院を繰り返すうちに完全に
病院に入ってしまった。体も小さいおばさんだったが、更に小さく
なったろう。もう、何年も会っていなかった。

昨日、連絡があり、N野さんのおばさんが亡くなったと聞いた。
92歳だという。ワシにとって、ワシの母に次ぐ、日本のお母さんの
イメージの人だった。あの漬物や餡の味はお金を出して買えるもの
ではないし、あの優しさと厳しさは、日本人が忘れている、そして
気づかない、大切なものなんだということを教えてくれていた気が
するのです。

昨夜が通夜で、今日が告別式だったが、ワシは仕事を休めなくて
参列できませんでした。N野さんのおばさん。ごめんなさい。
次の休みには顔を出します。おばさん、本当にありがとう。
| 義理人情 | 22:15 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
あぁぁ・・・旅立ち
サラリーマンのお付き合い。冠婚葬祭、いろいろある。
悲しいとき、嬉しいとき。仲間のことを思い、一緒の気持ちになれるかは大事なこと。

今から17年前。東京へ行ったばかりの私は父を亡くした。
父は72歳だった。その時は北海道の距離を感じ、走っていけない自分が情けなかった。

父の葬儀には採用された地、函館の先輩方や札幌の元職場から沢山のご香料を頂いた。
また私を送り出してくれた上司も2人とも葬儀に来てくれた。

もっと、驚いたのは、東京で直属の上司ではあるが、複数の担当を受け持つ忙しい課長が、わざわざ北海道の田舎の寺までやってきてくれたことだ。
あの時は、流石に恐縮したし、びっくりもしたのだが、暖かみを感じる表情で励ましてくれたことは、今でも鮮明に覚えている。

預かった香典
今、ワシは逆の立場で、宮城県から北海道に嫁いで一生懸命働く社員の実家に向かうことになった。
明日の朝、JRで特急を2本乗り継ぎ、更に新幹線、そして在来線。
片道9時間、帰りは寝台列車に乗り込み13時間をかけて往復する。

行きの切符
いささか強行な日程ではあるが、のんびりもしていれない。
兎に角、まわりの社員の気持ちを預かり、しっかりと届けてこなければいけない。

帰りの切符
行きは乗り換えも多いが、明るいうちに到着できる。

帰りの切符2
帰りは流石に真夜中の移動なので、疲れ果てているとは思う。
寝台車も寝れる時間は6時間くらいか。寝すぎても危ない。
お土産を買うにも時間的に店が開いていないかもしれない。

車中で読む本
大変、恐縮ですが行きは元気があると思うので読書をさせてもらいます。
車なんかの本も昔は毎月買って読んでいたのだが、久々に最近の本を眺めさせて頂こうと思っております。

さて、どんな旅になるやら・・・。
| 義理人情 | 21:54 | comments(6) | trackbacks(0) | pookmark |