CALENDAR
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< January 2018 >>
RECENT COMMENTS
RECOMMEND
SELECTED ENTRIES
RECENT TRACKBACK
CATEGORIES
ARCHIVES
MOBILE
qrcode
LINKS
PROFILE
OTHERS

JeffBeckが好き・・・ブログ!

アコギとエレキのギターが大好きで正体バレバレの怪しい初老おやじのブログです。
ワシは頚椎ヘルニアに悩み、半ば家族にも見捨てられながらも必死に己の趣味の世界に没頭するのです。
さぁあなたも一緒に填まりましょう。
<< GTライブ100回目イベント! | main | ご無沙汰です。 >>
生きるとは・・・。
JUGEMテーマ:日記・一般

先日、叔父が81歳で亡くなった。叔父は小学校に住み込みの用務員をやっていた。
子供の頃から良くお邪魔したのだった。
学校給食も始まり、食パンが羨ましく幼稚園(昔は保育所)が向かいにあったので、もの欲しそうに叔父の家に行くのだった。
何をするにもハイエナのようにワシは飢えていたのだ。

子供の頃、父の兄弟10人は男7人、女3人の兄弟は全く違う顔をしていると思っていたが、最近までの叔父たちを見ていると口元、目元がワシの親父に似ているなぁと感心するものだ。DNAは凄いもんだなぁ。
通夜では昭和20年代から最近の写真を見せてもらったが、本当に懐かしい。自分が小学生に戻ったような錯覚さえ起こした。
それはもうあの有名な大好きな映画「ニューシネマパラダイス」のシーンみたいだった。

昨日、会社に出てきてみると、社内HPを見ていて、函館にいる2つ年上のA先輩が亡くなっている訃報が載っていた。
暫く絶句した。たった6人しか住めない田舎の寮だったがワシにとっては社会人を本格的に始めた場所であり、一番可愛がってもらった兄貴分だった。

A先輩は「いすず社」の名車「べレットGT-R」に載っていた。カー雑誌やカタログに載っているあのオレンジ色に黒いストライプの入った車だった。
しかも生産台数は少なく初めて観る車だったけど、その圧倒的な排気音・吸気音には心を擽られた。
それを言うと、A先輩は嬉しそうに水割りをちびちびと飲むのだった。

2つ年上というと、音楽の好みも自分の従兄弟などと似ていて、話が合った。
カシオペアやスクエア(今で言うT-SQUARE)を紹介するとトランペットを取り出し、ハーブ・アルパートのRiseを吹いてくれるのだが初心者のため、ぞうさんの鳴き声だった。
あの薄い壁の部屋でエレキギターを鳴らしても、煩いと一度も言われたことが無かった。
車も自分がTOYOTAのCelicaLB1600GTに乗ると、先輩もLB-2000GTに乗り換えて、2台で走ったこともあった。
仕事でもプロ志向でいつも先を読み手際よく準備しているので、担当に違いがあったが憧れる存在だった。

A先輩が結婚したときに、奥さんの妹さんをワシにくっつけようと声をかけてもらった。
しかし当時はカーリーヘアーのような頭に真っ黒に日焼けした労働者の風貌に、しゃこたんのCelicaLBを転がすワシと、警察に勤める妹さんでは、話題が合うわけもなかった。(笑)

車を買う前に、50ccのバイクで100Km離れた函館まで出て、別のB先輩の結婚式に出るとき、A先輩の実家に寄らせていただいた。
A先輩の父親も同業者であり、優しいお母さんが暖かい珈琲を落としてくれた。
きりっとした髪の長いお姉さんも居た。みんなでワシを歓迎してくれた。
B先輩の結婚式が終わり、4月末にそのまま夜の9:00に函館を出て約250Kmも離れたワシの自宅に旅立つとき、一家で見送り心配してくれたあの33年前の光景をワシは忘れられない。

A先輩のお父さんが亡くなり、そうして何故か奥様が40代で亡くなり、そうして先日A先輩も亡くなった。
今夜が通夜で喪主はお母さんの名前だったと思う。

A先輩さんの幻の名車のべレットGT−Rの音をもう一度、今夜、聴こうと思う。
A先輩、通夜にいけなくてごめんね。本当にありがとう。
一番、大好きな先輩だったよ。A先輩に逢えて本当によかった。

こうやって生きるというより生かされているんだなと思う歳になってきました。
ありがたや。
| 懐かしいもの | 00:01 | comments(5) | - | pookmark |
喪主が母親ってとこが悲しいですね・・。

想い出と経験を与えてくれた方がいなくなるってのは、ホント寂しい限りです。
ご冥福をお祈りします。
| とよ | 2012/09/12 8:53 PM |
とよさん、ありがとうございます。
親に喪主になってもらうのは病気とは言え辛いですね。
先輩とは電話で話したのが10年も前でしょうか。
実際に逢ったのはもう25年も前で職場が離れてからは、顔も観れなくなりました。
髭の似合う良い人でした。出張で函館にあんなに行っていたのに何故顔を出さなかったのか。
本当に後悔しております。
| jeff | 2012/09/12 9:47 PM |
こういう時の後悔感、わかるなぁ。

でも、jeffさんの想い出に残れたA先輩も
そんな想い出を心に残せるjeffさんも
みんな幸せやん♪とか思いながら読みました。

ちょっと不謹慎かもしれませんが、、、m(_ _)m
| 浅知恵 | 2012/09/12 11:09 PM |
浅知恵さん、どうもです。
今日、元の職場で共通の話が出来る10歳くらい年上の先輩にお聞きして、最近の状況がわかりました。
本人も覚悟が出来ていたようです。
話は7-8年前でしたか、電話で出来ていたのですが、かなり痩せたとは聞きましたがひと目だけでいいから会うべきでした。
でも、浅知恵さんが仰る様に最高の青春の思い出です。

もう直ぐお会いできますね。楽しみにしております。
| jeff | 2012/09/13 4:52 PM |
こちらこそ楽しみにしてま〜す(^‐^)v
| 浅知恵 | 2012/09/13 8:52 PM |