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JeffBeckが好き・・・ブログ!

アコギとエレキのギターが大好きで正体バレバレの怪しい初老おやじのブログです。
ワシは頚椎ヘルニアに悩み、半ば家族にも見捨てられながらも必死に己の趣味の世界に没頭するのです。
さぁあなたも一緒に填まりましょう。
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人生の引き際
JUGEMテーマ:日記・一般 

ワシは物心つく前に、家業の農業が忙しかったせいで、叔父さんの家によく預けられていたらしい。
白黒の写真だが当時の叔父の胆振の登別市幌別での写真があり、従兄弟と庭で遊んでいる写真がある。
叔父と叔母が綺麗な洋服を着せてくれたらしく、とても農家の息子には見えないものだった。

母と叔父は仲が良かったし、父もとても叔父を気に入っていたので、農業がどんなに忙しくても顔を出してくれたときは精いっぱいのご馳走で振る舞ったものだ。

大人になってきて、叔父は実は母の甥であるが、母と同じ歳であり、生まれてすぐに亡くなった兄夫婦の子供だということを聴かされた。
母と同じ歳の従兄弟というのも不思議だが、当人同士は兄弟のように育ってきたのだという。

その後、職場が変わり大谷地付近の家に叔父は移り住んだ。
ある新年の朝から、つき立ての餅を持って叔父の家に一家で訪問をしたことがあった。
今でいう、札幌市厚別区の大谷地付近であり、そこに国鉄の「おおやち」の駅があった。
その駅から子供の膝上まで積もった雪をかき分け、叔父の家を目指した。

朝の10時だと言うのに、叔父たちはパジャマ姿だった。
当時はパジャマを着て過ごしている家も珍しく、呑気でいいなぁと思った。
昭和30年代のサラリーマンの姿だった。
TVはまだ購入していなかったと思う。

で、お昼ご飯を叔母が作ってくれたのだが、ケチャップを使ったオムライスだった。
これがまた、当時としては珍しくハイカラな食べ物に見えた。

従兄弟だと思っていた2歳上の兄貴分は、ワシの兄貴と一緒になって幼いワシを二人でいじめてくれた。(笑)
とても賢く、叔父の自慢の息子だった。

また、従兄弟の弟も温厚で良くできた従兄弟だった。
二人とも勉強が出来て優秀であり、ワシが中学生の時に受験勉強の準備については、口うるさく言われたし、高校生の時にギターばかり弾いているワシに「そんなものをやっていても何もいいことは無い」とくどくどと言われたものだ。

やがて二人とも凄い大学に入り、エリート街道をまっしぐらに進んでいって、叔父の自慢の息子になった。
大人になってからも、いつも二人の息子の活躍ぶりに、叔父は自慢げに繰り返し話をするのである。

落ちこぼれのような人生を歩んできたワシではあるが、今考えてみると、叔父・従兄弟とはいえ、人の人生に割入って進路に口は出すべきでは無いと思う。

しかしだ、父が倒れワシらが相談すべき人が無くなったとき、親身に心配してくれたのは、叔父だった。
また父が亡くなり、一人になった母をいつも旅行に誘ってくれ、楽しい写真と思い出を残し母を幸せにしてくれた、叔父である。
そこには本当に感謝している。

母の兄弟とはこれまで本当に仲良くやってこれた。
ワシの父も母の兄弟が大好きだったのだと思う。
室蘭、登別、白老、社台、千歳、札幌とあちこにちいる親戚とは仲良くしていた。
しかし、母の姉が次々に亡くなり、いつのまにか札幌にいる叔父と母が二人だけになっていた。

その叔父も昨年8月に癌を宣告されていたらしく、それから自分の人生の幕引きを考えていたのだろう。
もう好きな旅行にも行けず、腹部の痛みを堪えて自宅で頑張ってこられた。

それでも今年の6月には叔父は身内の甥とともに母の家に最後のメロンを届けに来ている。
恐らく、これが最後と知りながら。

叔父は7月から徐々に体力の低下とともに痛みがまし、10月中旬から入院した。
その後、歩行も出来なくなってきたとき、従兄弟から入院しているとの連絡が入った。

あまり容体が良くないのだと思った。皆で見舞いに行くと殆ど話が出来なかった。
その姿をみて母はポロポロ泣いた。我慢していたものが一気にはじけたのだろう。

その後、姉と母はもう一度見舞いに行くが、かなり話が出来ていたので年内はなんとかという期待があった。

しかし、それから8日で叔父は逝ってしまった。
土曜日に告別式を終えるまで、色々と考えさせられる。

それは、自分の墓をたてて、身辺の整理を完璧に行い、葬儀会場を決めてあり、家族と親戚のみを呼び、式次第まで考えてあるし、故人の略歴から親族への挨拶まで読み上げる文面までも準備してあったというのだ。

86歳でこの世を去る叔父がどんな思いで、この次第を書いていたのだろう。
残った人が困ることの無いよう、整理整頓して去って行ったのだ。

立派に子供を育てあげ、自分も立派に仕事を全うし、何も悔いはない人生に見える。
人生、人それぞれ、価値観も人生観も違いがあるのだろうが、悔いの無い人生を送るのは素晴らしいことだ。

見習いたいとも思うが、そんな力量は自分にはなく、何を残せるかというよりも、自分が楽しみやりたいことをやっている面では、ワシも良い所を行っていると思うが、何も残せていないのは事実である。

仕事の引き際、趣味の引き際、そして人生の引き際も考えさせられる2日間であった。

(手稲山口の施設から)
| 親戚 | 20:54 | comments(6) | - | pookmark |
とても考えさせられました、いいお話しをありがとう。。

jeffさんの暖かなお人柄はそんな風な素敵なご家族ご親族の中で培われてきたのだなと納得しました。

叔父御さまのご冥福を祈ります。
| SHIMA | 2012/11/19 1:47 PM |
SHIMAさん、有り難うございます。
ワシの気性は多分、この叔父の賑やかな事が大好きなところが、似ているのかも知れません。
そこだけは真似ていこうかなと思います。
| jeff | 2012/11/19 8:08 PM |
長髪にベルボトムの頃には思いもしなかった
「人生の幕引き」とか「〜の引き際」とか
歳と共に脳裏に浮かぶようになりますよね^^;

あくまでオラ個人の場合ですが、“敢えて”
そういった事は考えないようにしています(笑)
| 浅知恵 | 2012/11/20 11:19 PM |
浅知恵さん、そうですか。
親戚のこのような話はどこにでもある当たり前の話なのでしょうから深く考えない方が良いのかもしれません。
なかなか最近親戚でこういう方も多くて、どうしても考えてしまいます。
最近、ワシ、暗くなっているのかも?(笑)
| jeff | 2012/11/21 3:09 PM |
私も考えさせらています。
引き際って、、確かにありますよね。

私も10年前はもっと元気だったな〜とか^−^:
いろいろありました。

今夜、行って来ますね。
JEFFさんに会えるのかな?
| けけ | 2012/11/24 11:29 AM |
あら、おけけさん、ご無沙汰しております。
体調よさげですね?
今夜はワシは、珍しく欠席なんです。
もうアコギは人前でやれなくなりつつありますー。
でも、また、はぐの忘年会とか新年会とかでお会いいたしましょうね。
| jeff | 2012/11/24 10:04 PM |