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JeffBeckが好き・・・ブログ!

アコギとエレキのギターが大好きで正体バレバレの怪しい初老おやじのブログです。
ワシは頚椎ヘルニアに悩み、半ば家族にも見捨てられながらも必死に己の趣味の世界に没頭するのです。
さぁあなたも一緒に填まりましょう。
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同級生
またまた人生の暗い話にもなろうかと思いますが、そういう年代なので致し方ありません。
自分がまだ保育所に通っていた頃、5歳離れた兄は小学生であり、3人くらいの親友が居て、年は離れていても丸太のバットで野球をしたり、して遊んで貰っていた。

Hくんは兄の親友の弟で自分と同い年でした。
小学校1年の時は同級生であり、農家育ちの野良猫のような自分とは対象的に街中に住んで都会的な雰囲気があり、滅多に声を出して怒らずいつもニコニコしている人でした。

小学校2年になると自分は区画整理の対象となり、農業地帯の小学校へ転校することになりました。
春休みに異動する担任の先生とHくんとの記念写真もあったのだと思います。

それから小学校6年になり、台風の大雨で通学途中にある橋が流されたため、自分は当時の市長にハガキで手紙を書いて「遠回りで大変だから転校させて欲しい!」とポストに入れたのでした。
1ヶ月後、教育委員会か何かの人が田んぼで働く父と母に、ハガキに決裁印を押したものを見せて「どうしますか?」と訪ねてきたそうです。

何も知らない父母は「おまえ、どうするんだ?」と聞いてきたので、その時、子供ながらに行き詰っていた自分は「転校したい」と答えたのです。

隣の地区にはもうひとつの農業地帯の小学校があったのでそこでも良かったのですが、元の街に近い方の小学校へ転校しました。

Hくんと同じクラスになりたかったが、それは叶わず違うクラスへの転入となりました。
そこでも新たな友達が広がり結果的には良かったのです。

中学校へ行ってもHくんとは3年間、クラスが異なり話をする機会が無いうちに高校へ進学。
Hくんは工業系のT市の高校に通うのでした。

その後、月日は25年も経過し、仕事でHくんのお兄さん、つまり自分の兄の親友と仕事の現場で時々会うことになります。
お兄さんも大学時代、ベースマンであったそうで音楽も仕事も趣味が合いますし、ワシの音楽部屋が出来た時には、兄貴と一緒に酒を飲みながら遊びにきてくれたり交流が続きました。

仕事でもお互いに困ったところをそれぞれの持分でカバー仕合い助け合いましたし、出張先では一泊、顔の効く旅館に泊めてくれて、寿司やお酒をご馳走してくれたのは2年前のことです。

Hくんはというと高校を出てから全国規模で道路・ダムなど土木系の土地開発を行う大手の会社に就職し、近年は地元の資材センター長や札幌での課長職を全うされてきたとのこと。

で、今週の3/6の朝、見覚えのある名前がワシの街の訃報欄にあるではありませんか。
Hくんの名前で年齢もワシと同じです。
間違いなくHくんだろうなと思いました。

兄貴の親友の自慢の弟がどうして?
今日の告別式で兄の親友が顔を見てやってくれというのでお参りしました。
安らかな顔で眠っていました。
朝、起きてこないので、見に行ったら心臓が止まっていたらしいのです。
くも膜下出血で本人も痛いと言う前に意識が飛んでいただろうとのCTの結果からのコメントらしいです。

50代半ばにして、大学生の長男・次男を抱える働き盛りだったHくんのご家族・ご親族は悲しみにくれておりました。

Hくんのお母さんは、自分の手を握り締め
「あんたのことはJRの中で一緒になったこともあり、知っていたんだよ。Hのことは本当に残念だ」
と話してくれました。

まだ50代、でももう50代。昔だとどんどん死んでいった年齢だ。
子供を育て、あと数年で退職し、旅行をしたいし家もそろそろ手を入れる頃だねと話していたという何処にでもあるような話ですが、明日はどうなるか解らない年齢に入っているということです。

Hくんも好きな釣りのため、ご実家に専用の魚を保管したりさばいたり、釣りの道具を保管する別棟を作ってありまして、趣味は堪能していたようです。

仕事も家の中でも真面目で、本当に昔から変わらない、人を悪く言わず、気を遣う男でした。
自分も今日も生かされているんだなと思います。
好きなことをして生きるのも幸せですし、仕事や趣味を通して知り合う人が沢山持てたのは有り難いことですし、感謝の気持ちを持ちながら、そして自分に正直にある意味、我儘に生きていこうと思います。
Hくん、さようなら。お兄さんとはこれからも仲良くしていくからね。ありがとう。
| ともだっち | 11:50 | comments(4) | - | pookmark |
私もね、思ってるんです。
少しくらいは我儘に生きていいんだと。
自分が悔やまず幸せであれば、誰かを幸せに出来ると思います。
自分が幸せでなくては力は出ないものですよね。
素敵な繋がりをいっぱい持ってますね、jeffさん。
お友達のご冥福をお祈りします。
| tommy | 2013/03/09 8:42 PM |
tommyさん、レスが遅れてすみません。
一年にこういう思いをする機会が増えるのでしょうね。
これが年を取ったと言うことなのでしょうね。

ワシは我儘に生きてきました。これからも我儘に生きていくのだと思います。
急には性分は変わりません。
お金も甲斐性もは無いけれど、人との繋がりを大切にしながら生きて行きたいと思います。
有り難うございました。
| jeff | 2013/03/11 8:00 AM |
なんだか心に染み入ります、、、

合掌
| 浅知恵 | 2013/03/15 9:51 PM |
浅知恵さん、なんか、こんな話が多くてすみません。
有難うございます。生きているのだから楽しみも沢山持たなきゃ。
| jeff | 2013/03/15 10:48 PM |